叔悦禅師は、江戸城を築いた太田道灌の弟で、のちに臨済宗の大本山鎌倉円覚寺の住職となった名僧です。岩槻城主・太田資家(おおた・すけいえ)は、謀殺された父・太田道灌(おおた・どうかん)の霊を弔うため、その陣屋跡に寺を建て叔父の叔悦を初代住職に迎えました。これが養竹院です。
頂相とは禅宗の高僧の肖像画のことで、葬式法要の時に禅僧の生き姿として掛けられ、「掛真(けしん)」ともいわれます。
鎌倉時代禅宗の伝来とともに中国から受け入れられた画風で、荘重な極彩色で、美しい全身像が多いのが特徴です。この絵は何度か改修され彩度があせていますが、名将太田道灌の血をひく英風がうかがわれます。
所在地 |
大字表9 養竹院
(現在、埼玉県立博物館に貸出) |
指定年月日 |
昭和39年3月27日 |